豊和銀行(ほうわぎんこう)の歴史
豊和銀行(ほうわぎんこう)の原型となる金融機関は1949年に設立された大豊殖産無尽株式会社という会社でした。設立当初はまだ日本が戦後から高度経済成長期へと移行する過渡期であり、日本国内に金融インフラの整備が必要とされていた時代でもありました。
豊和銀行(ほうわぎんこう)のルーツである大豊殖産無尽株式会社は大分県の小口の顧客を中心に営業展開を果たし、大分県の経済において必要不可欠な存在へと成長を遂げていくのでした。
1951年に銀行法と言う法律が改正され、大豊殖産無尽株式会社は相互銀行へと転身を果たします。同時に社名も株式会社豊和相互銀行と改められたのです。現在の社名である豊和銀行(ほうわぎんこう)に近い名称にこのとき改められたのです。
1989年にふたたびの銀行法の改正によって相互銀行から第二地方銀行へ改組となり、社名を現在の豊和銀行(ほうわぎんこう)と改めるまでおよそ40年近く豊和相互銀行と言う名称で活動をしていたために、いまでも大分県内では豊和相互銀行と言う名称には親しみを覚える人が多いのです。
現在では大分県下に45店舗、福岡県に3店舗、熊本県に1店舗を抱えるほどの銀行に成長を果たしたのです。